虫喰ふ人も好々
ガムシを食べるE君 ※写真にカーソルを当てますと簡単な説明が現れます。
第1話 唐揚げ盛り合わせ

1. 市場で見た物

 海外で市場をうろつくのは楽しいものである。美味しそうなお総菜から見たことのない野菜まで,市場の奥に入るに従って、自分が好奇心の塊と変わっていくのが自分でもよく分かる。がしかし、中には、本当に食べるものなのか?と思ってしまうようなものに出くわすこともある。
 タイ東北部のある町で、やはり私は市場をうろついていた。様々な野菜、蒸し立て餅米の菓子、どれも気になる、食べたくなるものばかりだった。そんななか、袋に入った白い粒のようなものがある店に置いてあった。もしやこれは!と聞いてみると、やはり「アリの卵」だった。タイの北の方では野菜と一緒に和え物何かにするらしい。はたまた、別の店ではタガメのペーストの瓶詰めも売られていた。タガメの持つ独特の香りを生かした調味料としてタイでは好まれているそうだ。が、しかし、この時は時間が無くこれらの虫たちも買えず、食べられずに市場を後にした。

2.お土産

 それから何年か経った今年(2003年)、私の職場にタイのC大学の昆虫学の先生が講演に見えた。害虫の総合防除に関する講演会(注1)も大変興味深い物であったが、それよりもこの先生のお土産の方が私の興味を引いた。
 そのお土産とは「唐揚げの盛り合わせ」であった。何の唐揚げ?と問われて答えるまでもない。ここまで読んでこられた読者各位はここで「鶏の唐揚げ」程度のものが出てこないことは予想がついていることと思う。盛り合わせの内容をリストアップすると、タケムシ、コオイムシ、ガムシ、コガネムシ、オケラ、コオロギ、の6種類である。コオイムシとガムシは水棲昆虫の成虫、コガネムシ、オケラ、コオロギも成虫、タケムシは幼虫である。どれもカラリと揚げてあって軽く塩がふってあった。

3. タケムシ(タイ語:RutdaewまたはNoamaipai)

タケムシ この盛り合わせの中で、最も異彩を放っているのはタケムシであろう。このタケムシ、正式にはタケツトガ(注2)というガの一種の幼虫であるので、見た目はいわゆる芋虫である。いや、見た目ではなく、こういう生き物を世の中ではズバリ芋虫と呼ぶのであろう。タケツトガはタケノコの皮にたくさんの卵を産み付け、孵化した幼虫が竹の節の中に入り込んで、その中で成長していくのだそうだ。タケツトガに寄生された竹を割ると節の中にウジャウジャとこの幼虫が詰まっているのである。あまり想像したくない画像だ。
 さて、このタケムシの幼虫のお味であるが、意外に意外、これが美味しいのだ。脂分がおおいためか、ナッティー(ナッツのような)な味がし、嫌な臭いもなく、ほどよく揚がって香ばしささえ感じる。盛り合わせのなかで、見た目が最も奇異ではあったが、味そのものは最も旨かった。
 タケムシはタイのみならず、中国雲南省あたりでも食されているとのことで、市場では結構高値で取引されているという。確かにこの旨さだったら、それもうなずける。

4. コオイムシ(Dnew)とガムシ(Maknuek)

ガムシ
コオイムシ
 ガムシは小型のゲンゴロウのような、コオイムシは小型のタガメのような感じの虫である。どちらも水棲昆虫で、最近は少なくなったが日本でも水田で見かけることのある昆虫である。稲作大国であるタイでも水田や水路で容易に捕獲できるのかもしれない。
 ガムシは見るからに硬そうな感じで、食べてみると、やっぱり硬い。比較的大きなエビを素揚げにして、その殻だけを食べている感じだ。特に肉質の部分は感じられず、バリバリと歯ごたえを楽しんで食べる物なのかもしれない。文献(注3)によると日本でもゲンゴロウやガムシは江戸時代に食用にされていたようで、生きたまま醤油で煮て調理したそうだ。山形県米沢の辺りではこの一種と思われる「キンガムシ」が、あまりに美味だったため、「君侯並びに歴々」つまり「身分の高い人」しか食べられなかったとか(注4)。
 コオイムシの名前の由来はメスがオスの背中に卵を生み付けることから来ている。そのコオイムシはなんとなくカメムシっぽい姿形なので、口に入れるのに少し躊躇してしまったが、食べてみると、そんなにきつい臭いはしなかった。ただし、この盛り合わせの中では最も癖のある味であることは違いない。かすかにではあるが、独特の臭いがしばらく口に残った。昆虫学の先生に聞いてみると、やはりコオイムシもタガメもカメムシに近い仲間らしい。独特の臭いがあるのもうなずける。

5. コガネムシ(Malaktap)

コガネムシ コガネムシはこの盛り合わせのなかで、少ししか入ってなかったので、紛れて入ってしまったのか?いわゆる異物混入か?と思ったが、どうやらそうではないらしい。コガネムシ自体については説明するまでもないと思う。いつも見慣れた日本のコガネムシと同じ様な奴である。ガムシほど硬くないが、この盛り合わせの中では比較的硬めの食感で、シャクシャクした歯ごたえだった。見慣れた虫だけに、口に入れるのは変な気分だ。

6. オケラ(Jinleek)とコオロギ(Jak-kajun)

コオロギ
オケラ
 コオロギの唐揚げについては、以前からタイ東北部で多食されていることは知っていたし、同地域の市場で見かけたこともある。現地で見たコオロギは、今回食べたコオロギよりかなり大きかった。この大コオロギはタイワンオオコオロギという熱帯性のコオロギで、中国や台湾でも油で揚げて食べるのだそうだ(注5)。しかしながら、コオロギを食べるのは今回が初めて。ガムシやコガネムシよりも肉感があるものの、やはりシャクシャクした歯ごたえだ。イナゴを食べたことのある人ならそれを想像すればいい。その経験のない人は、川エビの唐揚げを想像すれば、近いといえば近いかも。
 これに対してオケラは、この盛り合わせの中で、もっとも肉々しい食感で、弾力のある歯ごたえがした。さすがに年から年中、穴を掘って暮らしている奴は筋肉の付き方が違うなぁと感心しつつ食べた。イナゴより味が劣ると書いてある文献(注6)もあるが、私の周りでは、今回の中ではこのオケラが最も美味しかったと言う人も少なくなかった。韓国では干物を強壮剤として使うらしい。モリモリと穴を掘り進むパワーをいただけるかも。

7. 「旨い」と言う人、「見た目が」と言う人

タケムシを食べる私 タケムシのナッティーな味とコオイムシの独特な香り(臭い?)以外は、どれも特に目立った特徴のある味ではなく、むしろ、それぞれの食感の違いが楽しめる盛り合わせであった。私の周りの反応も、ほとんどの人が「旨い」との感想であった。最初は悲鳴をあげて逃げまどっていた女子学生の中にも食べてみたら美味しかったと言う者もいた。「騙されたと思って食べてみろ。」は昆虫食のためにある言葉の様な気がしてきた。
 しかし、やはり、ダメな人にはダメなようだ。見た目がどうもよろしくないらしく、最後まで食べなかった人もいたし、それどころか、見ようともしなかった人もいた。
まさに「喰ふ人も好き々」である。