Carlosの喰いしごき調査委員会 1.美川さん 子供の頃に他愛もないことを自慢し合った思い出は誰にもあるのではないだろうか。子供にとっては、昨日の晩ご飯、筆箱の色、父親の身長....何でも自慢のタネになってしまうのである。私にも友達とあることを自慢し合った思い出がある。それは自分の名前がタレントと一緒であるということでである。「俺なんか森田健作と同じ森田やねんで!」とかなんとか、皆で自慢合戦をしていたときに私も負けじと「それやったら、俺なんか美川憲一と同じ憲一やで」と得意げに言い放った。言い放っては見たものの、あまり周りのウケは良くなかった。美川さんは当時、「蠍座の女」が大ヒット中であったが、子供同士で同名を自慢するには少々妖し過ぎたのかもしれない。 2.サソリって? そもそも「蠍座」は夏の星座でサソリの目の部分に赤い星:アンタレスが輝くことで知られている。歌の題にもあるように星占いの12星座の1つでもあり、日本でも比較的知名度のあある星座である。 さて、それではサソリそのもの知名度はどうだろうか?日本(本州)にはサソリは生息しないので(注1)、実物を見た人はあまりいないのではないだろう。自慢合戦していた子供の頃の私も、もちろん実物は見たことが無く、図鑑で見るか、仮面ライダーのショッカー怪人「サソリ男」(注2)ぐらいでしかその存在を知らなかったはずである。近頃、大人になって初めて生きたサソリを見ることができた。数年前、タイ北部の古都チェンマイの蘭園で展示用に飼育されている大量のサソリを見たときである。黒い体、毒針を持つ尻尾、両手のハサミ、複数の足と、何とも悪人面をした奴である。 3.北京ダック 話は変わって、中国・北京。一連の仕事を終え、日本に帰国する日がやってきた。仕事の一応の成功を祝い、帰国後の膨大な報告書作成を呪って、慰労会を行うことになった。北京と言えばダック、ダックと言えば北京、ということで、慰労会は北京ダック(北京 火考 鴨)(注3)の名店「全聚徳」で執り行われた。 メインの北京ダックは丸焼きのままテーブルに現れ、調理人によって切り分けられた。小麦粉の薄焼きの「薄餅(荷葉餅)」に北京ダックのこんがりと焼けた皮の部分(肉も少々付いている)、ネギ、甘味噌(甜麺醤)を乗せてくるんで食べる。または、中が空洞の胡麻パン「焼餅」に同じ取り合わせで挟んで食べることもできる。ダックの皮は色良く焼き上がっているので、パリッとした香ばしい歯ごたえを期待して食べたが、残念ながらクリスピーな感じでは無く、むしろ硬めで弾力のある食感であった...と偉そうに批評しつつも、それなりに美味しく頂いた。 いわゆる「北京ダック」はこのように焼いたアヒルの皮だけを食べるという罰当たりな食べ方ではあるが、そこは中国人、メイン料理以外(注4)でアヒルの様々な部分を料理して出してきた。ざっと紹介すると「アヒルのレバーのボイル」、「アヒルの水かきのマスタード胡麻酢和え」、「アヒルの心臓の炒め物」「アヒルの舌と魚の唇のスープ」(注5)そして「アヒルのレバーの胡麻揚げ」である。 4.驚異の付け合わせ 「アヒルのレバーの胡麻揚げ」はレバカツのパン粉の代わりに胡麻を使ったようなお料理で、何となく懐かしいお総菜的な味で美味しかった。それは良いとして、その胡麻揚げが盛られた大皿はメイン料理よりも、むしろ付け合わせの方が目を引いた。驚くべき奴らが隊列を組んで並んでいたのである。「サソリ」である。 文献(注6)によるとサソリ(中国では蝎)は黄河流域に分布し、山東省や北京あたりで食べられ、南の広州あたりで食べないそうだ。中国ではサソリは穀雨(4月20日ころ)が腹に泥がないとされていれ、その全身が薬用になると漢方でも使われるようだ。 前述のように、まったくもって悪役面した生き物である。とても喰ってみて美味そうには見えないが、食べてみると案外美味かった。唐揚げ(素揚げ)にされているのでカリカリと香ばしい。たとえて言うならば沢ガニの唐揚げに近い味であるが、時によって臭みがあったり、硬すぎたりする沢ガニの唐揚げよりもこのサソリの方が美味いかもしれない。 先程の引用文献の一つ、国立民族学博物館の周達生先生の本に興味深い事が載っていた。たいがいの物は食べてしまう広州人でも前述のようにサソリにはゲテモノとして手を出さないそうだ。同じ中国人でも、(さすがの中国人でも)地域が違うと何をゲテモノと見るかが変わってくるようだ。案外、日本人が日常食べている物の中にも彼らからみるとゲテモノがあるかもしれない。(注7) 5.再見! 西安で薬膳料理を食べたお陰か、北京で足裏マッサージを受けたせいか、そんなに疲れている感はなかったが、さすがに、長旅の疲れが全く無いと言えば嘘になる。留守にした間に机上に山積みにされているだろう帰国後の仕事のことを考えると、ついつい体に良いといわれるサソリの唐揚げを口に放り込んでしまう。味はもちろんその効能を気にする中国人の気質が移ってしまったようだ。 北京ダックの名店を後に、空港に向かった。お世話になった人や美味しかった料理が頭に浮かぶ。我々が接した食文化は広い中国のほんの一部分でしかないが、その奥深さを少し感じることが出来た。 再見!また、御馳走になりに来ます! 注1 本州に生息しない: 国内では八重山諸島にヤエヤマサソリというのが、また、マダラサソリというのが小笠原諸島、八重山諸島、宮古諸島にいるらしい。 注2 サソリ男: 仮面ライダー第3話で本郷猛こと仮面ライダー1号と闘ったショッカー怪人。天才レーサーだった本郷猛のライバルレーサーの姿を借りて現れた。 注3 北京 火考 鴨: 「火考」で一文字、火辺に「考」。「火考 鴨」はカオヤーと読み、ローストダックと言う意味。 注4 メイン料理以外: メイン料理以外でアヒル料理でなかったものには、豚角煮、ニガウリの和え物、小エビのパイナップルソース、アスパラガスと椎茸の炒め物、スミイカの卵袋の酸辣湯、白キクラゲのシラップ漬け、水ようかん等々。 注5 アヒルの舌のスープ: アヒルの舌だけではなくその根元に続く組織部分をスープの具にしてあった。なーんか生臭くって、ちょっと不気味で、たいして美味しい物ではなかった。 注6 文献:「中国食探検」(周達生著、平凡社刊)、「食材図典U」(小学館刊) 注7 ゲテモノ: よく言われるのが、日本人の生卵食である。見る人が見ると相当なゲテモノ食いに見えるらしい。 ※上記のリンク掲載について、御不備等ございましたらこちらまで御連絡よろしくお願い致します。速やかに対処致します。 saitamaya.net webmaster Hiroyuki Arai |