Carlosの喰いしごき調査委員会 1.シャンシー省 西安の炭市副食品市場でトウガラシを見かけた。学生時代にトウガラシをテーマに卒論を書いた私にとっては、ボーっと街を歩いていてもトウガラシだけは目に付くのである(このときを含め、別にいつもボーッと歩いているわけではないが...)。 当たり前ではあるが、乾物屋では乾燥トウガラシが、八百屋では生トウガラシが売られていた。乾物屋ではそれらを、丸のまま、粉にして、粗挽きにしてと、用途に分けて売られていた。また、いずれのお店でもいくつかの品種のトウガラシが見られ、それらは日本のタカノツメに比べて大きな果実のものが多く、八百屋の生トウガラシに至っては、その大きくてツヤツヤと明るい赤色の果実は非常に美しかった。 トウガラシといえば四川料理のイメージがあったので、乾物屋の店員さんに「四川(スーチョワン)省か?」と聞いてみると「シャンシー省」産トウガラシとのことであった。残念ながら、中国語が不案内な私には、発音を聞いただけでは、西安のある陝西省(シャンシー省)なのか、隣の山西省(シャンシー省)なのか区別ができなかった。 2.麻辣湯 前述のように中国でトウガラシをふんだんに使った料理とといえば四川料理が一番に思い当たる。中国の一地方料理である四川料理が日本で人気抜群なのは中華の鉄人陳健一氏(注1)の父君にあたる陳健民氏(注2)のご努力が大きく、日本では麻婆豆腐・エビチリなどの料理は四川料理の代表というより、中国料理の代表選手としてとらえられるにまでなっている。激辛料理で有名な四川料理はただトウガラシ辛いだけではなく「麻・辣・湯」(マァ・ラァ・タン)がそのキメテと言われている(注3)。「麻」は花椒(中国山椒)のしびれるような感覚を示し、「辣」はトウガラシのヒリヒリと刺激的な辛さ、「湯」は熱々を食べるということを示している。特に麻婆豆腐に関しては、それの一つでも欠けると全くフヌケになってしまう。 日本では最近カプサイシンの効能(注4)にスポットライトが当たり、激辛ブームが再来しているようであるが、時々見かける「辛さに挑戦」系の料理、すなわち文化的な背景に基づかないただ辛いだけのキワモノ激辛料理はあまり食べようとは思わない。タイ料理だって、韓国料理だって、メキシコ料理だって、四川料理だって、その他の伝統的な激辛料理にはトウガラシの使い方に様々の工夫とバラエティーがあるわけである。また、トウガラシと併せる食材も、その国や地域での最良の組合せになっており、それらが辛旨に調理されているわけなのである。辛さの中に崇高な食文化が見えてくるのが真の激辛料理なのである!(ちょっと演説調) 3.肉はどこだ! 四川料理と言えば、今回の旅では最初の夕食がそれであった。北京の重慶飯店内のレストランで頂いたお料理はどれも刺激的で美味しかった。 お料理を選ぶとき、現地駐在スタッフ同志で「今日、あれ有りますかねぇ?」、「ああ、あれ頼みましょうね」とやっている。気になった私は「「あれ」って、一体どんな料理なんですか?」と聞いてみたら、「フフフ。究極のトウガラシ料理だよ。」と答えられただけで、詳しくは教えてもらえなかった。 麻婆豆腐、回鍋肉(注5)、酸辣湯(注6)、泡菜(注7)などの、いくつかの四川銘菜がテーブルに並んだ後、件の「究極のトウガラシ料理」が運ばれてきた。一見、粗い輪切りの乾燥トウガラシの山にしか見えない。その山を崩していくと中から賽の目に切られた鶏肉が出てきた。山のようなトウガラシと一緒に炒められた鶏肉である、辛くて当たり前だ。このお料理「辣子鶏」(ラァズージィー)と言う名前で日本語に直訳すれば「トウガラシ鶏」である(注8)。これはかなりの激辛だ、中国風に言えばかなりの「很辣(ヘンラァ)」だ。辛いだけのキワモノ激辛料理ならば、一口目の味見で食べ終えていただろう。ところがこの辣子鶏には二口目、三口目とどんどん箸が進む。辛いもの好きの自分だけがそうなのかと思いきや、テーブルを囲んだ皆が箸をのばしている。そのうち、山はトウガラシだけになり、「肉はどこだ!」と箸での発掘作業をしなければならなくなっていた。トウガラシだけでなく花椒が入っているようで、香りも良い。トウガラシのストレートな辛さの後から花椒のしびれるような感覚が残る。まさに、究極の「麻・辣・湯」である。 あっと言う間に、本当にトウガラシだけの山になってしまった。 4.マイルドすぎる 日本に帰国した後も、あの究極のトウガラシ料理の味が忘れられず、中華料理店(特に四川料理店)に行く度にメニューの中に「辣子鶏」の文字を探すようなクセができてしまった。実は何件かの店で「辣子鶏」をメニューに見つけ、オーダーしたことがある。ある店では、赤ピーマンと鶏の炒め物だったし、ある店では少量のトウガラシで鶏とタマネギを炒めたものであった。それらのお料理はそれらで美味しく食べたのだが、あの究極のトウガラシ料理とはほど遠い。どのお料理も私にはマイルドすぎるのである(注9)。 注1 陳健一: 言わずと知れた、中華の鉄人。赤坂四川飯店の総料理長。 注2 陳健民: 陳健一氏のお父上。NHK「今日の料理」に長年出演され、日本の家庭に中華料理・四川料理を広めた功績者。料理好きだったうちの婆ちゃんがファンだった。 注3 麻辣湯: 四川料理の神髄は「酸(酸味)、辣(辛味)、麻(しびれるような感覚)、香(香り)」とする場合もある。いずれにせよトウガラシ(辣)と花椒(麻)は必須。 注4 カプサイシン: トウガラシの辛味成分の名前。正確にはカプサイシンとカプサイシンに似た4種類(もっと正確には6種類)の化学物質のグループをカプサイシノイドと呼び、これがトウガラシの本当の辛味成分となる。カプサイシンには脂肪代謝促進作用があると言われる。残念ながら、辛いもの好きなのに私の脂肪はなかなか燃えてくれない。カプサイシンの作用についての詳細は「トウガラシ辛味の科学(幸書房)」の「第7章辛味成分の生理作用」を参照されたし。 注5 回鍋肉:ホイコウロウ。日本の中華料理屋でこれをたのむと、キャベツと豚肉の味噌炒めが出てくるが、今回食べたのは、豚三枚肉とネギを味噌(甜面醤と辣豆板醤か?)で炒めた料理だった。もちろん花椒とトウガラシが効いていて「麻辣湯」だった。 注6 酸辣湯:サンラァタン。酸っぱくて辛いスープ。この場合の「辣」トウガラシの辛さでは無く、胡椒の辛さを表す。 注7 泡菜:パオツァイ。四川の漬け物。塩水に花椒などを入れたものにニンジン、ダイコンなどの野菜を入れて発酵させたもの。酸っぱくて、ちょっとピリピリ。 注8 辣子鶏: 残念ながら、お料理の写真が無い!食べるのに夢中になっていて撮れなかった。で、「喰いしごき逸品再現小委員会」で再現写真を公開することにする。 注8 マイルドすぎる: ある情報では横浜中華街にある重慶飯店さん(今回、北京で食べたお店と同じ店名)で、「トウガラシと山椒の鶏炒め」が食べれると聞いた。北京の重慶飯店と同じか、はたまたマイルドかどうか調べてみる価値はありそうだ。調査結果はまた後日(っていつになるやら..)。 ※上記のリンク掲載について、御不備等ございましたらこちらまで御連絡よろしくお願い致します。速やかに対処致します。 saitamaya.net webmaster Hiroyuki Arai |