Carlosの喰いしごき調査委員会 1.水槽の中 西安のとあるお店(注1)で昼食を食べた後、腹ごなしに近くの商店街(炭市街副食品市場)へと散歩に出かけた。野菜、魚、乾物などなど食品店が軒を並べるかなり大きなアーケード街であった。魚屋ではタチウオ(注2)、マナガツオ(注3)、イトヨリ(注4)、エイ、コチ、大シャコなどが見られたが、あまり鮮度はよろしくない。西安は内陸部の都市なのでそれも仕方はない話である。 鮮度が良い魚と言えば、ウナギ(注5)、ライギョ(注6)、タウナギ(注7)などの淡水魚ぐらいだろう。こちらは鮮度が良いどころか、生きたままガラス水槽に入れられ、ラッシュアワーの痛勤客のごとくひしめき合っている。生きたまま売られているのは魚だけではない。キジ(注8)、ウズラ(注9)、ニワトリ、ホロホロドリなどなどの鳥類はもちろん、スッポン(注10)、カエル(注11)などの元気な姿も見られた。さらに、生きているといえるかどうか、蚕の蛹(注12)なんかも... そして蛇である。蛇屋(?)の店頭で生きたままの蛇が4つの金カゴと1つのガラス水槽に分けて入れられていた。それぞれの金カゴ・水槽に別の種類の蛇が入れられているならば、つごう5種類の蛇がここで売られていることになる。誤って金カゴに指でも入れようものなら、即座に気の立っている蛇に咬まれそうだ。ということは、唯一、誤って指を入れてしまう恐れの無いガラス水槽の中の蛇は、ひょっとしたら毒蛇なのではないだろうか。 2.神戸南京町で見つけた 西安の市場で蛇を見ながら、まだ私が中学生か高校生だったころの事を思い出した。当時大阪に住んでいた私は、神戸の南京町へ食事に家族でよく出かけたものであった。そのころから食べ物に対して好奇心旺盛な少年であった私は、南京町内に数軒有る中国輸入食材店を見るのが楽しみだった。店内には、サメのヒレの原形をとどめている大きなフカヒレ(乾物)もあったし、同じく店内に陳列してあった牛のアキレス腱や魚の浮き袋などは、どうやって食べるのだろうか?どんな味がするのだろうか?とワクワクしながら見て回ったものである。そんなある日、とある中華食材屋で面白いものを見つけてしまった。 それは「蛇の缶詰」である。正しくは「蛇のスープの缶詰」である。ラベルには達筆の漢字で「三蛇羮」と印刷されてある。とぐろを巻いて、かま首をもたげている蛇の絵もお約束のように描かれている。正確な値段は覚えていないが、缶詰にしては決して安い買い物ではなかったと記憶している。猛反対する両親を押し切って、結局、食の好奇心の塊のような少年は「蛇の缶詰」を自腹で購入したのであった。ただし、購入に当たり、私と母親の間で一つの約束事が取り交わされた。それは「母親の前では絶対に開けない、食べない」ということだった。というのも、私の母はなによりも蛇が大の苦手なのである。 3.三種類の蛇 缶詰のラベルの「三蛇羮」という文字から三種類の蛇が入っている事は分かった。その当時の少ない情報をかき集めて、やっとこさ分かったのは、この三蛇というのはシマヘビ、コブラ、アオダイショウの三種類らしいということであった。ところが、最近、国立民族学博物館の周達生先生の御著書(注13)に「三蛇羮」に入っている蛇の正式な名称が明らかにしてあった。これによると三蛇は正しくはヒメナンダ、アジアコブラおよびマルオアマガサの三種類の蛇のことを指しているとのことであった(注14)。これら三種類に加え、ホーシャナメラとタイワンアマガサを会わせて五蛇(注15)とする、とも書かれていた。西安の市場で見た五種類の蛇はこの五蛇なのだろうか? それぞれの蛇がどういう味がするのかまでは、残念ながらこの本には書かれていなかったが、それぞれの蛇は薬効が異なるので三種類(または五種類)を一緒に食べることが効果的なのだそうだ。 ちなみにこの五種の蛇のうち無毒なのはヒメナンダ、ホーシャナメラの二種だけで、あとは毒蛇であるそうだ。西安の市場で見た五種類の蛇がこの五蛇なのなら、前述の推理「唯一ガラス水槽に入れられていた蛇だけが毒蛇」というのはハズレである。売られていたのは五蛇ではなかったのだろうか? 4.親の居ぬ間に さて、母親との約束通り、親の居ぬ間に、蛇の缶詰を明ける日がやってきた。開けた缶から蛇が飛び出して来るわけではないのだが、慎重に、ゆっくりと蛇缶を開けはじめた。缶切りを持つ手が動いている間は、スネアドラムの「ドラドラドラ・・・・」というドラムローリングが頭の中で聞こえてくる。そして、ジャーン(ドラムを遮るシンバル音)。とうとう蛇のスープが現れた! 缶から鍋に移されたスープは、特におどろおどろしいスープでもなく、全く普通の具だくさん中華スープだった。筍などの野菜の千切り、そして、白っぽい蛇肉も野菜と同じぐらいの大きさ、細さに切られていた。とろみのついたスープはなかなか良い味であった。で、肝心の蛇肉だが、骨っぽいと聞いていたが、そんなことはなく、鶏肉に似たあっさりとした食感の案外美味しい肉だった。 正式には三蛇羮には白菊の花弁、香菜(コリアンダーの葉)、レモンの葉の細切り(注18)、揚げワンタンを散らして食べるのだそうだ。もちろん、そんなことを知らない当時の私はそのまま美味しく頂いた。 5.幻の蛇缶 最近読んで面白かった本「怪しいアジアの暗黒食生活」(注16)には蛇の肝を飲むシーンをはじめとして蛇食の話題が何度か出てくる。蛇の生肝(胆嚢)を酒に浸し、中の苦い苦い胆汁を絞り出して飲むシーンは、読んでいるだけでも口が苦々しく感じる。缶詰の蛇には生肝がないので、残念ながら、そこまで胆嚢、いや、堪能することははできなかった。 前述の周先生の著書やこの怪しい本によると、中国では蛇食はあまり珍しい事ではないようだ。最近TVで台湾グルメなんかの特集番組を見ていると、蛇をさばいている店に若い女の子のタレントを連れていってキャーキャー言わせて喜んでいるシーンをよく見かける。そういった番組でもやはり「体に良い蛇の肝を取りだして酒と飲む」と説明されていたと記憶している。いろいろな情報をあわせて考えてみると、どうも中国の人たちは美味しいから蛇を食べているということもあるだろうが、それ以上に、「体に良い」から、「効く」から、蛇を食べているようである(注17)。 ところで、蛇の缶詰めであるが、その後、度々訪れた神戸・横浜・長崎のいずれの中華街でも見かけることはなかった。今回の中国滞在中も何度か食料品市場やスーパーに入ったが、缶詰は見つけることはできなかった。 どこの市場でも、見ることができたのは生きた蛇だけだった。 注1 とあるお店: 日本の航空会社系ホテル中にある餃子専門店。このときだけでも蒸し餃子を中心に約20種類の様々な味、形の餃子が出された。そのバラエティーには驚らかされたし、見た目も楽しく、味も良かったが...店員の女の子が嫌々給仕してくれたのにはゲンナリ。 注2 タチウオ: 中国名「帯魚」。日本でも塩焼きに、煮付けにと美味しい魚であるが、中国でも人気のある魚で比較的大衆魚。 注3 マナガツオ: 中国名「魚昌 魚」(魚昌で一文字の漢字)。主に中国南方で食べられる。比較的高級魚のようで、蒸して香味野菜と醤油ダレ・熱い油をかけて食べる「清蒸」料理にするとたいそう旨いらしい。日本でも関西以西ではよく食べる魚、大阪出身の私にとってはマナガツオの煮付けは親しみのある味である。 注4 イトヨリ: 日本では関西以西でよく食べられる魚であり、大阪出身の私にとってもイトヨリの煮付けも親しみのある味である。中国名「金線魚」。 注5 ウナギ: 中国名「鰻 魚麗」(魚麗で一文字の漢字)。中国ではかつてあまり食べられなかったが、今は高級魚。味噌炒めてにして食べる。以前、東京の中華料理店で筒切りにした鰻の炒め物を食べたが濃厚な味で旨かった(少々くどいが...)。 注6 ライギョ: 中国名「烏鱧」。タイワンドジョウのこと。広州ではライギョの刺身に熱々のお粥に入れて食べるらしい。うー、旨そうだけど、淡水魚の生は寄生虫が怖くて... 注7 タウナギ: 中国名「黄 魚善」(魚善で一つ文字の漢字)。タウナギ科に属し、エラが無く空気呼吸するという変な魚。鰻のように長細いが、鰻より小さいくて黄色っぽい。カリカリに揚げて食べたり、筒切りにしてスープにする。 注8 キジ:中国のキジは首に白い輪のあるコウライキジの仲間で中国名「環頸雉」。日本のキジとは異なるらしい。 注9 ウズラ:中国名「奄鳥 鶉」(奄鳥で一文字の漢字)。中国では丸揚げ、丸煮にして食べるらしい。 注10 スッポン:中国名「水魚」。スッポンについては「第3話のオマケ:効能は?」を参照されたし。 注11 カエル: 中国でも「蛙」と書くが、田んぼにいて鶏のような味がするので「田鶏」とも呼ばれる。以前、大阪の居酒屋で食べた唐揚げは鶏肉をかなりあっさりした様な感じの味だった。また、神戸の中華料理店で食べたネギ・ショウガと豆鼓で炒めた蛙料理はとても美味しかった。中国ではウシガエル(いわゆる食用蛙)よりも、トラフガエル(虎紋蛙)、スピノーザトゲガエル(棘胸蛙)が美味しいといわれている。 注12 カイコのサナギ: 日本でも信州で20年くらい前までは佃煮にして食べていたと聞く。食べたことのある人の話だと、その脂が臭いらしく「カブトムシを飼っているのカゴの様な臭いがする」そうだ。中国では主に炒め物に。韓国では炒ってスナックの様にしたサナギが屋台で売っているとも聞く。 注13 周達生先生の御著書: 「中国食探検」(平凡社)、本話の注釈でなされている食材の中国名等のほとんどは、この本より(一部「食材図典U(小学館)」で補って)引用。 注14 三蛇: 中国名はそれぞれ、ヒメナンダ:灰鼠蛇。アジアコブラ:眼鏡蛇。マルオアマガサ:金環蛇。どの蛇がどういう特徴を持つのかは不明(お手元の爬虫類図鑑をご覧下さい。)。 注15 五蛇: 残り二種の中国名はそれぞれ、ホーシャナメラ:三索錦蛇。タイワンアマガサ:銀環蛇。これら蛇もそれぞれどういう特徴を持つのかは不明(お手元の爬虫類図鑑をご覧下さい。)。 注16 怪しいアジアの暗黒食生活: クーロン黒沢・明日香翔共著、KKベストセラーズ。怪しげな貿易商社に勤めていた明日香氏が中国をはじめとしたアジア各国で経験した怪しげな食体験を元に書かれた他に類を見ない怪しげな食べ物本。あまりに面白く、あまりに怪しげだったので、一気読みしてしまいました。 注17 「効く」から食べる: 中国人は「医食同源」を中心に食を考えているようである。そこらへんは「第3話のオマケ:効能は?」を読まれたし。 注18: 周先生の著書にレモンの葉とあったが、その後、レモンではなくタイ料理でよく使われるコブミカンの葉と判明した。(カマタ様ご指摘ありがとうございました。) ※上記のリンク掲載について、御不備等ございましたらこちらまで御連絡よろしくお願い致します。速やかに対処致します。 saitamaya.net webmaster Hiroyuki Arai |