Carlosの喰いしごき調査委員会

中華人民今日も喰う 編

第2話 もっと細かくちぎって!の巻

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1.ここならでは系
 内蒙古・フフホトから西安に飛んできた。西安といえば三蔵法師(注1)が天竺に向かって旅を始めた地、かつての唐の都・長安である。シルクロードの出発点としても知られ、今でも漢文化の中に西方文化の香りの漂う古都である。
 仕事とは言え、せっかく西安まで来たのだから、ここでしか味わえないお料理を頂こうということで、仕事でもいろいろとお世話になった某日系ホテルの日本人調理長夫人に案内してもらった。やってきたお店は創業100年の老舗「老孫家」。鉄筋コンクリートのビルではあるが、「中国西部民族飲食苑」と銘打っており、「ここならでは系」のお料理が期待できる。

2.牛肉か?羊肉か?
 前菜というか、付きだしというか、セロリ炒め、レタス炒め、羊肉と葱の炒めもの、キュウリの和え物なんかがテーブルに並んだ。メインディッシュは何だろ?とワクワクしながら、箸をすすめていると、調理長夫人が「牛肉入りが良いですか?羊肉入りが良いですか?」と訪ねてきた。
 中華料理といえば豚肉がよく使われることで知られているが、ここ西安から西の地域では回族などイスラム教徒が多く、豚肉を食べない人が割と多い。「中国西部民族飲食苑」を名乗るこのお店も、その地域性から豚肉ではなく牛肉と羊肉のみを出しているのだろう。この前日、移動途中に西安のイスラム教徒の町「清真街」(注2)に立ち寄ったのだが、この町で食べた手延べ拉麺のスープも牛肉だったし、湯包子(スープ入りマンジュウ)の中身も羊・牛・海鮮の三種類しかなかった。(清真街については「おまけ」を参照されたし!)

3.もっと細かくちぎって!
 牛肉入りにするか羊肉入りにするかと聞かれて散々迷ったあげく、牛肉を頼むことにした。どの様に料理された牛肉が来るのかとあれこれ想像しながら待っていると、厨房から運ばれてきたのは、お皿に盛ったパンと空の丼だけであった。少し焦げ目のついた白っぽい円盤状のパンはカチカチで水分が少なく、そのまま食べてもあまり旨そうではない。むしろ「乾パン」と言った方が良いか。
 この乾パンはそのまま食べるのか?空の丼に入るべき料理は運ばれてくるのか?と唖然としていたら、我々一行のワゴン車の運転手氏(地元、西安の人)がその乾パンを手に取り、小さくちぎり始めた。ちぎった乾パンをそのまま喰うのかな?とさらに運転手氏を観察していたら、彼は細かくなった乾パンをどんどん丼に入れはじめた。「さあ、どんどんちぎって下さい」と調理長夫人は私たちに促し、自分もちぎり始めた。なんだか訳も分からず、言われるがままに乾パンを適当にちぎって丼を埋めてみた。乾パンをほとんどちぎり終わる頃、私の丼をのぞき込んだ運転手氏は、にやにや笑いながら私に何か言っている。中国語がさっぱりな私は呆気にとられていると、調理長夫人が「「もっと細かくちぎって!」と言ってるんですよ」と訳してくれた。
 結構、硬いパンなので、細かくちぎるのは案外手間がかかる。さらに細かくちぎりなおした後、もう一度、運転手氏に丼の中身を見せたら、まだ首を横に振られてしまった。再々度、ちぎりなおし、やっとの事で運転手氏のOKがでた。丼の中には乾パンの細片の山ができていた。

4.汁かけ乾パン
 やがて、乾パンの細片で埋められた丼は店員さんの手によって厨房に戻されて行った。しばらくして、我々の目前に帰ってきた丼にはハルサメと牛肉の乗ったスープがなみなみと注がれており、乾パンはその中で徐々にふやけようとしていた。
 こうして、やっと食べられる状態になったこの料理は「泡 食莫」(「食莫」で一文字の漢字です。注3)という名前で、好みで香菜(コリアンダーの葉、注4)やトウガラシ味噌を各自トッピングして食べる。小皿に盛ったニンニクの酢漬けはおきまりの付け合わせのようである。カチカチだった乾パンに、スープの旨味が染み込み、軟らかくなって丁度塩梅が良い。「汁かけご飯」ならぬ「汁かけ乾パン」といったところか。
 「もっと細かくちぎって!」と注意された訳がここにきて、やっと分かった。細かくちぎった乾パンはスープを吸って食べやすい大きさに膨らんでいる。これが大きなパン片だったら,ふやけて膨らんだ状態では食べにくかろう。さらに大きな塊だと中までスープが染み込まなかったかも知れない。最近は、あらかじめ電動カッターで乾パンを細片に切断してから客に出すお店もあるとのことであるが、断然「自分でちぎった方が美味しい」そうだ。確かにちぎった方が切断面積が大きくスープが染みやすいだろうし、自分の好みの大きさにちぎることもできる。
 店内ではインスタントの袋入り「泡 食莫」も売られていた。パッケージには社長らしき男性の笑顔の顔写真が印刷されていた(注5)。帰国後、お土産に買って帰ったインスタント「泡 食莫」を作って食べてみたが、いかにもインスタントっぽいスープではあったが、案外、お店の味を再現できていて、そこそこ旨かった。

5.旅人の食べ物
 日本では乾パンといえば非常食の代名詞である。保存が利いて、携帯しやすく、避難袋の中には必ず入っているだろう。今回食べたこの乾パンも、日本の非常食乾パンほどではないが、水分が少なくカチカチだったので、かなり保存が利くだろう。中国西方の乾燥した気候条件下ではなおさらである。
 恐らくこの乾パンはシルクロードを旅する人の携帯食だったのでは無いだろうかと思う。小麦粉をそのまま運んだのなら、旅先で製パン等調理加工しなくてはならないが、乾パンにしておけばそのままででも食べられる。水の乏しい砂漠地帯を旅するなら、いつでも調理に水が使えるわけではないので、その必要性は自ずと高くなる。また、カチカチの乾パンにしておけば携帯も楽なのではないだろうか。そういえば、スープに具材としてに入っていたハルサメだって調理前は乾燥してて軽くて持ち運びしやすい。これらの携帯に適した食品を旅先で食べやすく料理したのが、この「汁かけ乾パン」の始まりなのではないだろうか?
 「オアシスにたどり着いた隊商が、満天の星の下で、干し肉なんかとハルサメをオアシスの水で煮てスープを作り、堅いパンをちぎって浸して軟らかくしてから食ている」という平山郁男画伯の絵のような風景を想像しながら食べてみた。シルクロードの起点の町で味わうにはもってこいのお料理だった。


注1 三蔵法師: 三蔵法師が孫悟空ととも(?)に天竺から持ち帰った教典は西安の大雁塔(写真)に納められているといのこと。大雁塔の拝観チケットには三蔵法師の絵が描かれている。

注2 清真: 「清真」とはイスラム教を示す言葉で、食堂にこの文字が有れば「うちは豚肉を一切使ってません、羊肉や牛肉もコーランの教えに従って処理されたものです。」と言う意味になる。中国の他、東南アジアのイスラム系住民のいる地域で売ってあるインスタントラーメンやお菓子などの食料品のパッケージにも、「清真」の文字が書かれている場合がある。ちなみに漢字圏以外では同じ意味で「ハラル・マーク」というのが付く。

注3 食莫: またしても私のPCの辞書にこの漢字がなかった。「食莫」で一文字の漢字と見てもらいたい。ようするに食辺に莫という漢字である。

注4 香菜: (学名:Coriandrum sativam L.)セリ科の一年草。タイ語でパクチー、英語でCoriannder(コリアンダー)。オレンジのような香りのする種を香辛料として使う他、独特の臭いのする茎葉を薬味などに用いる。 この葉っぱ、嫌いな人は徹底的に嫌い。好きな人は、タイ料理などを食べるとき、これがないと物足りなく感じる。(私は後者)

注5 顔写真: 中国製品のパッケージに顔写真が印刷されていることが良くある。このインスタント「泡 食莫」にはスーツのオジサンが、西瓜味のトローチには白衣のオバサンが、瓶詰めのあわせ調味料には爺さんが印刷されていた。「私が作りました」ということなのだろうか。一様に皆さん誇らしげである。

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