第5話 「アチャケイで二度嘘をつく」
(写真にマウスを当てますと簡単な説明が出てきます。)

 今だから言えるのだが、本調査団(注1)に参加している間に、二度も嘘をついてしまった。嘘というか、知ったかぶりとというか、とにかく事実と違うことを二度も口にしてしまったのだ。本誌上をお借りして懺悔の意を込めて告白することとする。

 一度目の嘘はコートジボアールの首都ヤムスクロでこの口からこぼれた。その日の昼食はトマト味に調理された魚料理だったのだが、それに添えて、皿に盛られたご飯も各人の前に並べられていた。が、人数分のご飯が用意できないとのことで、一人分だけは代わりのものが皿に盛られていた。それはクスクス(注2)に似た粒状の食品で、色がクスクスよりもずいぶん白い。図々しくも少し分けてもらって試食してみたところ、ボソボソして、少し酸っぱく、残念ながら私にはあまり美味しく感じられなかった。粒状の主食食品なので、なにかの穀物だろうと安易に判断して「これはたぶん、なにか脱穀した穀物を蒸したものでしょう。」とその場でコメントしてしまった。しかし、これは全くの間違いだったのである。後でわかったのだが、それは穀物ではなかったのだ。

皿に盛られたアチャケイ(コートジボーアル・アビジャンの食堂にて) アチャケイ(拡大)
 二度目の嘘は同行したM新聞社の記者氏に「キャッサバから作る「アチャケイ」という食品があり、庶民の主食として広く食べられているらしいけど知ってる?」と聞かれたときである。内容いかんで記事にもしたいとも言っておられた。実はその時、「アチャケイ」という名前は初耳だったのだが、今回の調査団には農業の専門家としては派遣されていることもあり、単に「知りません」とだけは言いたくなかった。そこで「アチャケイというのは、おそらくキャッサバなどのイモ類を杵と臼で搗いて作るフゥトゥという餅状の食品(1月号第1話参照)に近いものではないでしょうか」と、つい答えてしまったのである。これもまた大きな間違いで、実際のアチャケイは餅状の食品ではなく粒状であり、まさにヤムスクロでの昼食で食べたあの粒状の主食食品がアチャケイだったのである。

 それでは、このキャッサバから作られるアチャケイとはどういった食品なのだろうか?キャッサバは南米原産であるが、元々ヤムイモを主食としていた西アフリカ熱帯雨林地域でも、その生産性の高さから受け入れられてきた。ただし、穀類と違ってイモ類は水分が多いことから、重くて運びにくく、また、腐りやすいと言う難点がある。そこで、キャッサバを砕いて乾燥させ、チップ状に加工したものがアチャケイなのである。乾燥したチップ状であるならば穀物同様に腐りにくく運びやすいということになる。ヤムスクロでの昼食の際に食べたものはそれをボイルしたものだったのだ。少し酸味があるのは加工時にいくらか発酵しているためもかしれない。そういえば、キャッサバでも有毒種であるビターキャッサバの場合はその毒抜きのために発酵させる方法が用いられることもあると聞く。アチャケイもそういった毒抜工程に由来した製造方法による食品なのかもしれない。しかし、今回はアチャケイの製造工程までは調査できなかったので、あまり憶測でものは言わないようにしよう。3度目の嘘になってしまってはいけないから。

お料理とアチャケイを平らげる我々一行。写真左端はアチャケイ(コートジボーアル・アビジャンの食堂にて)
 アチャケイについては、その後も何度か現地のレストランで食べる機会があった。どのレストランでも料理(おかず)をオーダーすると「一緒に食べるのは、ご飯?フゥトゥ?それともアチャケイ?」と必ず聞かれた。西アフリカでは煮込み料理などのおかずをご飯にかけた「リ・ソース」は一般的な食事であるが(4月号第4話参照)、アチャケイも同様に煮込み料理をかけて食べるのがオーソドックスのようだ。しかし、同じ主食でもアチャケイに比べて、やはりご飯や餅状食品フゥトゥのほうがはるかに美味しく感じられた。私だけではない、毎食、共にテーブルを囲んだ調査団員の日本人諸氏もアチャケイには一向に手が伸びていなかったようだ。アチャケイに恋い焦がれておられた記者氏でさえも、初めてアチャケイ食べたとき「百年の恋も冷める味」と漏らしておられた。これでは、アチャケイの記事がM新聞の紙面を飾ることはなさそうだ。
手前がアチャケイ、奥が鶏肉などの煮込み料理(ブルキナファソ・ワガドゥーグーの食堂にて)

注1:途上国を対象とした実情調査(1998年、日本財団が組織・派遣)
注2:北アフリカ諸国で食べられている主食食品。デュラム小麦を挽き割りにしたもの。蒸して、煮込み料理と共に食べる。





 食の科学(2003年5月号)掲載分

 Carlosの喰いしごき調査委員会