特別編 「椰子の恵み」
(写真にマウスを当てますと簡単な説明が出てきます。)
 筆者は下戸である。全く飲めないわけではないが、あまり飲める方ではない。そんな筆者でも、旅先で酒を勧められ、杯を空けなければならないこともある。今回の調査団(注1)でコートジボアールのある農村を訪問したときも、杯を空けなければならない場面に遭遇した。

訪問したコートジボアールの農村にて、村人総出でお出迎え。 その村は首都ヤムスクロの郊外にあり、カカオ、バナナ、コーヒーなどの生産で一儲けした村長とその一族郎党が住む農村集落である。村に到着したときは既に日が傾き始めており、涼しく吹く風が心地よかった。我々一行は大きな樹の木陰に通され、車座に並べられたプラスチックの椅子に腰掛けた。村長による歓迎の挨拶が終わると、客人である我々にコップが配られ、薄汚れたポリタンクに入った白濁した液体が注がれていった。村長の話によると、この飲み物は椰子酒とのことであった。

 椰子酒はアジア・アフリカの熱帯地域で広く飲まれている酒である。文献(注2、3)によると西アフリカの椰子酒は椰子の樹液をからつくるもので、その樹液採取にはアブラヤシ、ナツメヤシ、パルミラヤシなど、様々な種類の椰子が使われるそうだ。椰子の主に雄花の花の柄の部分(花梗)を切って、そこから採取した樹液を放置し、自然発酵させるということなので、至って簡単な醸造法だ。今回はポリタンクから注がれたが、かつてはヒョウタンの容器に入れて発酵させたとのことである。ただし、長く時間が経ってしまった椰子酒は酸っぱくなりすぎるので(24時間以上置かない方が良い)、現地では新鮮なものが主に飲まれているそうだ。また、そのアルコール度数は1.5〜2.1%で、酒といっても、かなり軽いもののようだ。

 幸いにも、その村で振る舞われた椰子酒がこのようにアルコール度数の低い酒であったため、私にも容易に飲み干すことができ、村長の歓迎に応えることができた。生ぬるいのは仕方がないが、酸味の中にほんのりと甘味もあって美味しかった。例えていうなら、少し時間が経ってしまった白ワインのような感じか(ちょっと、違うか?表現が難しい)。最初に「酒」と聞いたので、下戸の私は、コップに半分ぐらいしか注いでもらわなかったが、これなら、もう少し飲めたかもしれない。と、周囲に目をやると、普段、酒豪でならしている人が飲むのを躊躇していた。どうやら、薄汚れたポリタンクを見て、別の心配をしているようだった。

アブラヤシの実。各家庭ではこの実から直接油を搾って利用する。 この村では、酒の他に、もう一つ椰子の木からの恵をたくさん見ることができた。それはアブラヤシの実である。アブラヤシの実は、果肉からパーム油が、種子からパーム核油が採れ、家庭用にも工業用にも用いられている。これまでに、この村のみならず、同国内のいくつかの市場でも油椰子の実がたくさん売られていたのを見かけている。この実から採る黄色がかった油は現地の料理によく使われ、この地域の食文化に欠かせないものであるのだ。
 今回、この村で、ごちそうになった椰子酒がどの種類の椰子の樹液から作られたものかはわからなかったが、アブラヤシの実がこの村でよく使われているのを見ると、もしかしたら、椰子酒もアブラヤシの樹液から作ったものかもしれない。酒に油に、椰子の木は西アフリカの農村に大きな恵をもたらしているのだ。

椰子油もたっぷり入った豆の煮込み料理。


(前回で終了致しました本連載ですが、ご好評につき特別編を掲載させて頂きました。これで本当に本連載は終了いたします。読者の皆様、またどこかでお会いしましょう!)

注1:途上国を対象とした実情調査(1998年、日本財団が組織・派遣)
注2:中尾佐助(1993)農業起源を訪ねる旅 ニジェールからナイルへ.岩波書店同時代ライブラリー
注3:米屋武史・宮本拓(1999)アフリカの伝統的酒類.静岡県立大短大部紀要.13-1号:71−87.

食の科学(2003年10月号)掲載分

 Carlosの喰いしごき調査委員会