第10話 食べていても栄養失調
(写真にマウスを当てますと簡単な説明が出てきます。)
 「アフリカ」と聞いて、どういうイメージを持たれるだろうか。ライオンが闊歩するサバンナだろうか、鬱蒼とした熱帯雨林だろうか、それとも、砂丘の続くサハラ砂漠だろうか。そういった美しい風景よりも、干ばつや戦争のために飢えて痩せ細り骨と皮だけになった子供達の姿を思い浮かべてしまう人も、あるいは、いるかもしれない。我々が今回の調査団(注1)で訪問した西アフリカ・コートジボアールはギニア湾沿岸の熱帯雨林から湿潤サバンナを含む気候分布にあり、比較的、農業生産の豊かな地域といえる。実際に同国は工業ではなく、カカオ生産などの農業により経済成長を成し遂げた国であり、その事実は「象牙の奇跡」と呼ばれている。また、その豊かな農業生産に裏打ちされた独自の食文化の存在は本連載を読で頂いた皆様にはすでにご承知のことと思う。そんな豊かなこの国ではあるが、首都ヤムスクロの近郊のセンフラという村で、その日、我々調査団が訪れたのは、意外にも「栄養失調児保護施設」なのであった。

施設に通院している少女
施設の台所にて。タンパク質を強化したトウモロコシ粉でトゥ(粉粥)を作っている。
 施設の中庭には子供を抱いた母親達が我々一行を珍しそうに見つめていた。抱かれている子供達は、痩せている子もいるが、冒頭に書いたような、痩せ細って骨と皮だけになったという感じではない。むしろプクプクと太ったように見える子もいた。が、それは違っていた。この子達が太ったように見えるのは浮腫んでいるためなのだ。この施設の子供達は、デンプン質のみの食事を続けて来たことによるタンパク質不足が原因の栄養失調症「クワシオルコル症」の子供がほとんどである。クワシオルコル症になると発育不全、筋力の低下、手足顔の浮腫、皮膚の脱色・離脱などがみられ、免疫力が低下しAIDSなどの感染症にもかかりやすくなるのだそうだ。極端な話、しっかりと食べさせているのに栄養失調になってしまうということもあり得る訳である。一説には、従来のヤムイモから収量性の高いキャッサバに農業生産が移っていった結果、タンパク質含量の低いキャッサバが多く食べられるようになったためともいわれている。しかし、それよりも親に対する栄養教育の不行き届きが産んだ悲劇であることは言うまでもないだろう。この施設ではこういった栄養失調児の保護、治療に加え、親に対する栄養教育も実施し、再発の防止を目指しているのだそうだ。我々農業関係研究者は生産性を上げることを第一と考えることが多いが、実際にそれが人々の口に入るところまでを見越していかなければならないということを改めて感じた。
施設の台所にて。袋からこぼれているのは調理用バナナ

 10回にわたり連載させて頂いた「西アフリカを食べ尽くせ」ですが、今回をもちまして終了させていただきます。これまで読んで頂きました皆様には感謝申し上げます。多くの日本人にとっては未知の土地である西アフリカについて、その豊かで独特な食文化の一端をご紹介する機会を得ましたことは大変光栄であります。現地での調査に関しまして曽野綾子会長をはじめとする日本財団・笹川アフリカ協会の皆様の他、調査団参加の皆様、現地の皆様に多大なご協力頂きました。記して感謝申し上げます。また、(株)光琳の皆様にも併せて感謝申し上げます。
 最後に一言。私がコートジボアールから帰国した数年後、同国が内戦状態に突入してしまいました。現在では沈静化したというもの未だ不安定な状況にあると聞きます。また、隣国リベリアでの内戦による混乱は新聞等でご存じのことかと思います。こういった争いで最も大きな被害を受ける子供などの弱者です。一刻も早く西アフリカがこのような混乱から脱し、子供達が彼らの食文化を継承していける健全な社会に戻ることを祈ります。

注1:途上国を対象とした実情調査(1998年、日本財団が組織・派遣)


食の科学
(2003年9月号)掲載分

 Carlosの喰いしごき調査委員会