Carlosの喰いしごき調査委員会 ![]() 「蕎麦」といえば誰もが蕎麦粉で打った麺を思い浮かべるし、「そば」という言葉自体が麺料理の代名詞ともなっている。このように、我々が最も身近に感じる蕎麦料理は麺としての「蕎麦切り」であるのは言うまでもないが、元来「蕎麦切り」は祝儀・不祝儀の集まりの際に食べられるいわばハレの料理であった。実際に今回の旅で宮崎県山間部で出会った蕎麦たちも一方では蕎麦祭りのご馳走、もう一方では神楽の際に供される食事の一品として出されたハレの料理であった(第1話)。 それでは「ケ」の蕎麦料理、すなわち日常食としての蕎麦料理は?ということになると、椎葉村やその周辺の地域では「蕎麦ガキ」や「蛙汁(わぐどじる)」が挙げられることになる。「わぐど」とはこの地域で蛙を表す方言であるが、別に蛙で出汁をとった汁物というわけではない。わぐど汁は蕎麦粉で作った団子の汁物、いわゆる「団子汁(だごじる)」の一種であり、汁の中の蕎麦団子があたかも蛙が泳いでいるかのように見えることから「蛙汁(わぐどじる)」と呼ばれるとのことである(注1)。 今回は「アジア麺文化研究会」ご一行様としての旅であるので、蕎麦の麺料理である「蕎麦切り」を味わう事はもちろん重要な目標ではあったが、私的にはこの地域の日常食としての蕎麦料理である「蛙汁(わぐどじる)」に出会えることも楽しみにしていた。しかしながら、先にも書いたように、今回は南郷村での蕎麦祭りや椎葉村嶽の枝尾神社での神楽といった村の祝儀の集まりに参加させて頂くことが旅のメインイベントであったこともあり、「蕎麦切り」以外の蕎麦料理、日常食としての蕎麦料理には、残念ながら会えずじまいであった。 2.秋田のおばちゃん達 時は変わって、ある日の宮崎市内。宮崎の郷土料理を食べようと家族で訪れたお店「杉の子」(注2)での話。店員に案内されたのは大きな掘り炬燵型のテーブル席で、すでにもう一組の女性(おばちゃん)グループが奥に座っていた。言葉の訛りからすると東北地方からの観光客のようだ。その中の一人がメニューを見ながら「ワグドジルって何?」と店員に尋ねていた。高校生のアルバイトらしい店員の女の子はその質問に答えられずに困っていたので、お節介にも「蕎麦の団子汁ですよ」と教えてあげたが、結局そのおばちゃん達は注文しなかったようだ。 店員の女の子が「ワグドジルって?」と聞かれて答えられなかったのは、やはり、この料理が宮崎市から離れた山間地域特有のお料理なのだからであろう。椎葉・南郷両村で残念ながら巡り会えなかった蛙汁(わぐどじる)に奇しくも宮崎市内で出会えたとあっては注文するしかない!と我々はすでに注文することを決めていたコース料理の他に蛙汁(わぐどじる)も追加注文することにした。 相席の東北訛のおばちゃん達は秋田県からの観光客だった。相席とはいえ、大きなテーブル席なので少し離れてはいたが、おばちゃん達は宮崎に着いたばかりということ、3日間で宮崎と鹿児島を観光するということや、初冬にもかかわらず秋田に比べて夕方の日が長いのと暖かいのに驚いたことなどを話してくれた。丁度、そんな話をしている途中に我々の注文した蛙汁(わぐどじる)が運ばれて来たので、「これが先ほど説明した蛙汁(わぐどじる)ですよ」と言って見せてあげた。 すると、おばちゃんの一人が「ちょっと味見させて!」と予想だにしなかった言葉とともに箸を持ってズイと迫ってきた。「い、良いですよ..」見ず知らずの人ではあるが、袖振り遭うも多少の縁ということで快く(?)味見をしていただいた。おばちゃん達は私の蛙汁(わぐどじる)を食べて、「軟らかい」だの「美味しい」だの「山芋が入ってるんじゃないの?」だの、ワイワイ楽しそうに話しておられた。盛り上がっているおばちゃん達を見ながら「残しておいてよ...」と私は心の中でつぶやくしかなかった。 猪の脂身と大根、里芋、人参などの入った味噌仕立ての汁の中に灰色の塊がいくつか泳いでおり、たしかに、その蕎麦団子は「落ち葉の上を歩いて灰褐色の保護色に変化した雨蛙が池に飛び込んだ後の姿」のように見えないことはない。その蛙のような蕎麦団子の味は限りなく蕎麦ガキに近いものであった。大分や熊本で食べた小麦粉のだご汁のような歯ごたえはほとんど無く、ふわっとした食感と蕎麦の香りがとても美味しかった。 美味しかったコース料理も最後のご飯物(鰹カレー・猪雑炊)となり、さらにデザートにさしかかっていた。秋田のおばちゃん達は一足早く席を立ち、我々に手を振りながら店から出ていった。 「良い旅をお祈りいたします!」 注1:(わぐど)椎葉村の方言については 「おばあさんの山里日記」(文:佐々木章、語り:椎葉クニ子、葦書房刊)に詳しく記載がある。椎葉村の焼畑農耕においては1年目の作付けが蕎麦であることが多く、この地域の重要な作物であると言える。この本には、そんな蕎麦の調理法もいくつか紹介がある。もちろん「わぐど汁」も。 注2:(杉の子)宮崎県庁近くにある郷土料理店。落ち着いた雰囲気で一通りの郷土料理は食べることができる。http://www.mnet.ne.jp/~suginoko/ ※上記のリンク掲載について、御不備等ございましたらこちらまで御連絡よろしくお願い致します。速やかに対処致します。 saitamaya.net webmaster Hiroyuki Arai |