難しい人づくりと環境問題


鰍ィとうふ工房いしかわ(愛知県高浜市)社長 石川伸
 僕は、十三年前から商売を始めて今、従業員百八十名、年商ベースで約十五億円の商売をやってるんですけど、十三年間やってよく分かったことが一つあります。まず、豆腐を作るということは、そんなにむずかしいことじゃないな、というのが分かって、もっと難しいことは、人をつくることだ、と。ものづくりの究極は結局、人づくりだったということを僕は、十三年かかってやっと分かりました。美味い豆腐を作ったり、売り上げをたくさん生むお店をつくったり、いい工場をつくったり、誰がやってるのかなって思ったらこれ、自分じゃなくてうちのスタッフなんですね。で、うちのスタッフがどうやったらこれをやってくれるんだろう?ってずーっと思っていて結局、ぶら下がり社員がいっぱいおったらアカンのですよ。じゃあ、どうしたらええんやろかと考えていて、社長=経営者の思いが明確にできるかどうかが多分、人づくりの根っこの部分だと思うし。これが多分一番大事なところで、事業の規模の大きさだとか、安く売ったって高く売ったって何も関係ないところで一番大事なところが人づくり・・・じゃあそこのところに今、一番大事なのは、僕が何をしたいのかということを明確にすることだと思います。それがあれば、言い換えれば金太郎飴≠ネんですよ。誰が、どんな社員が出向いても(社員に)話を聞いても、誰もが社長と同じことを言っている。それをみんなの共通の夢なりテーマにしていけば、一番いいんじゃないかな、ということで考えています。僕らの社訓というのが「美味い 安全 安心 そんな豆腐が作りたい 日々努力 日々勉強」で、この根っこにあるのが社是で、そのひとつが農業問題。日本の農業をどうするんだろうか、ということ。二つ目が環境問題。僕らが次の子供たちに残していくための環境・・・リサイクルのこととか全部ひっくるめて。そして三つ目が食文化。日本にずーっと伝わってくる食の文化のところで、それをどうやって継承していって、さらにどうやって発展させていくのかというところ。四つ目が地域福祉。僕らは豆腐屋をやっている。でも豆腐を売るだけじゃなくて、近所の人とか人と人との結びつきのところでどうやっていくか。福祉というと僕たちの住んでいる町(愛知県高浜市)は、三万九千人ほどの小さな町ですが、福祉に関しては日本でもトップクラスでやってるところで、福祉というと托老所建てたりだとか、弱い人たちを助けるということが中心に見えるんですけど、僕らの町の市長さんというのは地域社会、要するに昔あったような人と人とのふれあいをどうやってやっていければいいのか、というのを一生懸命考えてらっしゃる方なんですね。僕はこれに共感して、「じゃあ僕は、豆腐で手伝いますわ。豆腐を使ってみんなで老若男女、いいことやりましょうや。商売が違ってもええから、みんなで楽しくやりましょう」と。この四つを掲げて僕は今、商売やってるんですが、こういったことが、全ての社員の口から生まれてくる、このことって絶対強いんですよね。商品開発をやろうとしたときに、今いったことをベースにすれば、みんな答えが一つになっていく。本気で作ろうとしたときにも、答えがみんな一緒なんですよ。


「遊心」会長 去R下商店(=とうふ工房かむろ/埼玉県所沢市)社長 山下健 私の友人で北海道の帯広に「六花亭」という会社があるんでけれど、今、石川さんのお話を聞いて、そこもほとんど同じようなことを言ってるんですが、彼のところもすばらしい会社です。経営というものは、豆腐を作るのと同じで職人≠ネんですね。大豆を相手にしているときも人間を相手にしているときも、煎じ詰めれば似たようなものなのかなぁ、と思っています。組織論については私、どっちかというと閉じこもるタイプでして、人の言うことも聞かないわがまま、自分の世界だけにドップリ浸かり込んでる人間なんで、あまり人間論に関しては物が言えないんですが・・・一般的に商いを営む者というのはお客のために作る≠ニ考えられているんですけれど、私はそうじゃなくて、自分が食べたいものを作っているというか、自分が「美味い」と思うものを作りたいというか、それが煎じ詰まってくると、結局お客のためになるという・・・お客が食べて美味しいものになるのではないかな、と思っています。味覚というものは、そんなに違いのあるものじゃないと思うんですが。私、大学を出まして、就職先も決まっていたんですが、もともとサラリーマンになりたくないのに、仕方なく大学に行ったようなところもありまして、頭の中もフラフラしていたような時期もありまして・・・家のほうでは江戸時代の終わり頃から豆腐を作っていまして、「ま、しょうがないから古さを看板に(豆腐を)やってやろうかな」という堕落した精神で豆腐屋を継ぎました。で、近くに西武百貨店ができまして、そこに店を出すということでまぁ、美味く作らざるを得なくなったといいますか、それなりのレベルのものには達しなければならないということで、自分なりににがりと戯れる中で、ホームページに書いてあるようなことが体験できたというか知識として蓄積されてきたというか、ま、そんなところですね。我々はいろんな職業に就いて、ただその職業の技術を極めるだけが目的ではなくて、人の道というか、自分の職業を通して社会に、人に、ささやかでもいいから小さな幸せをたくさん、バラ撒ければいいなぁ、というか、その辺を感じ取ってもらえるれば、その人の職業に対する思いは完成に近づいたんじゃないかなぁ、と思っています。今、自分の仕事を天職と感じられるか否か、そこがその人の幸せの分岐点だと思います。


東田 私共のほうは今、「地豆腐倶楽部」というのをやってまして、私が会長をやってるんですけど、この地豆腐倶楽部についてお話してもらいたいと思いますので、庄司君、大分の庄司君、こっちに来て。さっき大分の大豆という話が出ましたが、彼が源泉で引き起こしている部分がありますんで、その辺のところをお話いただければ・・・