「下町の粋な酒場から生まれた大ざる豆腐」 私共のお店は京成本線「お花茶屋」駅が最寄り駅となっております。そのお花茶屋駅から雨降りでもあまり濡れない程の近い所に「東邦酒場」さんという居酒屋さんがあります。このお店では埼玉屋の商品を使っていただいておりまして、かつ、私の行きつけのお店でもありまして、すなわちお互いにお得意様な訳なのです。ある日、いつものように美味しいお酒とお料理を楽しんでおりますと、とてつもなく大きなコロッケが隣のお客さんの席に運ばれて行くのを目撃しました。その時は、ただただ、その大きさに呆気に取られるだけでしたが、次の日、商品を納めにお店の方に伺った際に、ご主人の遠藤泰典さんにその大きいコロッケについて聞いてみました。
そして「名物」についてのご主人の持論も聞かせて頂きました。 「名物ってのは、気取っててはダメなんですよね。でかいから、特別だからって値段を割高にしてしまってはいけませんね。それから、同じような物がそこら辺に有っては名物とは言えません。そして何より美味いことが絶対条件。つまり、どこにもない特別なもの、美味しいものを、特別でない値段でお客様にお出しする。名物っていうのは、こうでなくちゃいけないと思うんですよ。これが東邦酒場流のおもてなしであり、葛飾の男の粋ってもんです。」 このお話を聞いて感銘を受けた私は、当店でも「名物」になり得る豆腐を作り、葛飾の男の粋をお客様に味わってもらおうと決心しました。どういった豆腐を当店の名物にするか悩んだあげく、自分にとって一番思い入れのある「ざる豆腐」を、さらに大きく、さらに見栄え良くして「名物」として仕上げることにしました。「ざる豆腐」は、豆乳をにがりで固めた状態のもの(寄せ豆腐)を、そっと形を崩さないようにすくい上げて、ざるに乗せていって作ります。ざるに乗せていくことにより豆腐自身の重力だけで余分な水分を切っていくことになり、豆腐本来の味が楽しめるようになります。私は、この「ざる豆腐」なら、その美味しさとともに、その形の美しさも活かせるので、「名物」としてお客様に楽しんで頂くにはぴったりだと思ったのです。
かくして、大きくて、形も美しく、美味しくて、味の変化も楽しめる名物が生まれたわけですが、それに至るまでの努力を惜しまなかったことが、良い結果を結んだのではないか?と、私は確信しています。 読者の皆様、葛飾名物、東邦酒場の「草鞋ころっけ」、埼玉屋の「大ざる豆腐」をお召し上がり頂き、「葛飾の男の粋」を是非一度体験してみてはいかがでしょうか? ------------------------------------------------------------------- 光琳社「食の科学」 2002年7月号に掲載分 |