Carlosの喰いしごき調査委員会

中華人民今日も喰う 編

第1話 麺と皮の間の巻

ここをクリックしてからお読み下さい

1.内蒙古の草原
 中華人民共和国・内蒙古自治区の首都である呼和浩特(フフホト)にやってきた。「内蒙古自治区にやってきた」という一文を読んで、果てしないモンゴルの草原でさっそうと馬に乗っている筆者の姿を想像された読者も何人かはいたことであろう(注1)。しかし、残念ながら、我々一行を待っていたのは果てしない草原ではなく、計画経済によって建設された無味無臭のビル群であった(注2)。その上、3月でもまだまだ寒いこの地方では、暖房のために焚かれた石炭の煤煙が青空と遠景を灰色に塞いでしまっており、滞在した数日間のうち雄大な「青山」の姿が見えたのはたった一日だけであった。

2.ユウ麺
 仕事とは言え、せっかく内蒙古まで来たのだから、ここでしか味わえないお料理を頂こうということで、現地駐在のスタッフにフフホトならではの料理を出すお店「蘭山酒店」に連れてきてもらった。内蒙古の名物料理と聞いて、茹でた羊と馬乳酒ぐらいしか思い浮かばなかった私の前に運ばれてきたのは、意外や意外、蒸籠の上でホカホカに蒸し上がった麺だった。
 この麺は「ユウ麺」(注3)と呼ばれ、中国で「ユウ麦」と呼ばれるハダカエンバク(注4)が材料の麺料理である。一口に「麺」といっても、ユウ麺は蒸籠毎に違った形のの麺が盛ってあり、そのバラエティーに驚かされた。普段見慣れた細長麺、短めの切り麺、両端が細くなった長紡錘型のもの、幅広麺をよじった物、シェルマカロニ状、丸まった皮状、ジャガイモがくるんだ(挟んだ)太い帯状、皮状にしたユウ麺をクルっと筒状に巻いて縦に敷き詰めて蒸籠を蜂の巣に様にしたもの、挙げ句の果てには餃子まで! いずれのユウ麺もさっぱりした冷たいタレか羊肉入りの温かいタレをかけて、好みで薬味のトウガラシ、香菜、ニンジンの千切りと一緒に食べる。かなり食べ応えのある麺であるが、ピリ辛のタレのおかげで、次々に箸が進む。
 蒸し麺の他には、ニンニクの茎と炒めた料理(短く切った細長麺状のユウ麺入り)や辛い鍋料理(両端が細くなった長紡錘型のユウ麺入り)もテーブルに並んだ。この他、ユウ麺を作る際に出た麺屑や打ち粉の残りではないだろうかと思われる様なボソボソのオカラを炒めたような料理もみられた。

3.麺とはなんぞや
 我々日本人の常識では「麺」といったら「うどん」に「そば」に「ラーメン」といったコムギ粉やソバ粉で作った長くて細いものを指す言葉である。今回テーブルに並んだユウ麺を見ると、こいつらを一口に「麺」と言って良いのか困惑してしまう。
 麺研究のバイブル「文化麺類学ことはじめ」(注5)によると、麺類のふるさと中国では、そもそも「麺」という漢字はコムギ粉やその他穀物の粉そのもの指す言葉であったらしい(注6)。現在では麺類のことを「麺」または「麺條」と呼ぶが、さらに「麺條」でない麺、すなわち細長くない麺、例えばワンタンの皮のようなものは中国では「麺片」と呼ばれ、やはり麺の分類に入れられている。ようするに、穀物の粉で作った「麺」がどんな形状をしてようが「麺」なのである。ということは、テーブルにずらりと並んだ蒸籠の上の様々なエンバク製の麺、皮、そして麺と皮の間にあるお料理たちは全ては「麺」と呼んで良いのだろう。
 そういえば、イタリアの「パスタ」だって、細長いスパゲッティーから貝の形や車輪の形のマカロニ、皮状のラザーニャまでいろいろある。これら全てが「パスタ」であるのと、バラエティーに富んだ形状のユウ麺が全て「麺」であるのは同じ様な考え方かも知れない。

4.様々な形の理由
それでは、なぜ、ユウ麺は細長いいわゆる麺ではなく、様々な形状をしているのか?
 それは原材料がエンバクだからなのである。エンバク粉はコムギ粉のようにこねても粘り気が出ず、伸ばすことができない、すなわち、中国の拉麺のように手で伸ばしていく製麺法や、日本のそば、うどんのように平たく広く伸ばしてから切っていく製麺法では、伸ばす過程でちぎれてしまい、細長い麺にする事が難しいのである。そこで様々な工夫を凝らしてして製麺されることになったのであろう。
 数ある蒸籠の中でもっとも普通の麺に見えた細長麺は「河漏床(ホウロウツアン)」と呼ばれる装置で「押し出し法」によって製麺された麺のようだ。こねたエンバク粉(注7)をこの装置のピストン部分に入れ、上から力を掛けると細かい穴が開けられた底面から細長いユウ麺が押し出されてくる仕掛けである。
 また、シェルマカロニ風のものは小さく手に取ったこねたエンバク粉を指で押さえてクルッと丸める。中国では猫の耳のように見えることから、この麺のことを「猫耳朶」と呼ぶそうである。
 さらに、両端が細くなった長紡錘型のユウ麺は、こねたエンバク粉を掌と机、もしくは掌どうしてもみ出して作る。こちらの名前はその形から「鼠尾麺」と呼ばれる。また、エンバク粉をつかった、この製麺法はモンゴル一円で見られ、モンゴル語で「ゴリル」と呼ばれるらしい。
 その他の形のユウ麺もあまり広く伸ばし広げないでもできる方法で作られているため、短い切り麺であったり、クルッとまいた様な皮状であったりするのである。

5.なぜ蒸す?
 普段、我々が食べている麺は茹でることによって調理される。それでは、ユウ麺がなぜ茹でるのではなく、蒸籠の上でホカホカに蒸し上がっていたのだろうか?
 それは原材料がエンバクだからなのである。伸ばさない方法でなんとか製麺された麺ではあるが、やはりその麺自体はもろいため、お湯で茹でるとボロボロになってしまう。そこで、崩れないように加熱する方法として蒸籠で蒸す方法がとられたのである。伸ばさない製麺法も蒸すという調理法も(注8)、厳しい気象条件のこの地域(注9)でも収穫できるエンバクをできるだけ美味しく利用しようとする古くからの知恵なのであろう。
 さて、よく見ると、数あるユウ麺の中に他のユウ麺より色が濃い麺があった。これは蕎麦(チョウマイ)すなわちソバ粉が混ざった麺なんだそうだ(注10)。この麺を食べながら思い出したのは蒸籠に盛られた「熱盛蕎麦」である。最近は口にしてないが、子供の頃、温かい盛り蕎麦である「熱盛蕎麦」を食べた記憶がある(大阪の老舗「美々卯」さんでだったか?)。昔々、日本の蕎麦もコムギ粉をつなぎに入れる前は、茹でるとボロボロになってしまうことからユウ麺のように蒸籠で蒸して食べたという話を聞いたことがある。案外、日本の昔々の蕎麦はこのユウ麺とそっくりだったのかも知れない。

5.あきれた奴
 なんだかんだと言ってユウ麺を平らげつつ、内蒙古の夜は更けていった。昼間、仕事中にはうだつの上がらない奴が、夕食時になるとこの麺はあーだこーだと蘊蓄を垂れて、俄然元気を出しているので、同行したメンバーや現地スタッフはさぞ、あきれかえったことだろう。しかし、麺好きの私の前に蒸籠の上でホカホカに蒸し上がった非常な麺料理がずらりと並んだとなれば、高まる気持ちは抑え切れなかったのだ。思い出すと少し恥ずかしい。


注1:そんんな奴はおらへん!(一人突っ込み)
注2 草原: 内蒙古に草原が無いというわけでは無い。6月〜9月にかけては観光シーズンで大草原ツアーあり、日本人も大挙して訪れているとのこと。残念がら、3月に仕事でやってきた我々は雄大な景色を見ることはなかった。
注3 ユウ麺: 「ユウ」という漢字が私のパソコンの辞書で見つからないのでカタカナで表記する。本当は「悠」から「心」を抜いて「草冠」を付けた漢字。
注4 エンバク: (学名Avena spp.)別名マカラスムギ。現在は飼料用として栽培されるのが主。「エンバク(燕麦)なんて聞いたこともない、もちろん食べたこともない」と思われるだろうが、その別名は「オート麦」で、欧米ではお粥「オートミール」として食べられている。最近、デパートの地下あたりで、香ばしい香りの焼きたてのクッキーを売り物にするお店を見かけることがあるが、そういった店にも「オートミールクッキー」があったりするので、案外食べたことのある人も多いのではないか思う。
(H研究員(麦)およびO研究員(雑草)、エンバク情報ありがとうございました。)
注5 「文化麺類学ことはじめ」: 国立民族学博物館館長の石毛直道氏の著書。フーディアム・コミュニケーション発行。1991年
注6 漢字: なお、コムギ粉製品全般を示した漢字は「餅」であったらしい。日本の「餅」とは使い方がかなり違う。そう言えば中国菓子の月餅(ゲッペイ)のアンコをくるむガワの部分はコムギ粉製だった。
注7 こねたエンバク粉: コムギ粉での製麺の際は水でこねるが、エンバク粉での製麺の場合はできるだけまとまるようにお湯でこねるのだそうだ。
注8 伸ばさない製麺法も蒸すという調理法: 前述の「文化麺類学ことはじめ」の他、「人間は何を食べてきたか[アジア・太平洋編]麺、イモ、茶(日本放送出版協会刊)」、「石毛直道の文化麺類学◇麺談◇(フーディアム・コミュニケーション刊)」、「中国の食文化(周達生著、創元社刊)」から引用しました。
注9 この地域: エンバクが栽培され、ユウ麺が食べられている地域は天山山脈の西から内蒙古にかけての高原地域で、内蒙古自治区、山西省、寧夏回族自治区にまたがる地域である。
注10 蕎麦: 日本に輸入されるソバのほとんどは内蒙古自治区産とのこと。現地で聞いた話。

※上記のリンク掲載について、御不備等ございましたらこちらまで御連絡よろしくお願い致します。速やかに対処致します。 saitamaya.net webmaster  Hiroyuki Arai