第3話 納豆か味噌か?
(写真にマウスを当てますと簡単な説明が出てきます。)
 コートジボアールの首都アビジャン、我々調査団一行(注1)はAttecoube地区の市場を歩いていた。「現地の生活を知るためには市場を見ることも大切」という調査団長(曽野綾子日本財団会長)のご意向もあって、市場の視察を行うことになったのだ。色鮮やかなトウガラシ、多種多様なウリ類、山積みされたキャッサバ、豊富な熱帯農産物に少々興奮気味の私であった。私も曽野会長とは同意見で、今回のみならず、海外を旅するときは必ず現地の市場を見に行くようにしている。市場はその地域の農業と食生活との接点であり、農業研究者である私にとっては大変興味深い場所なのである。(注2:コートジボアールの市場の詳細については拙著論文を参照いただきたい。)

店頭のダウダウ(コートジボアール第一の都市アビジャンの市場にて) この市場の中の乾物や調味料などを売る店の店先に、我々は見慣れぬ物体を目にした。その物体は野球ボール大の塊で、表面は黒褐色でデコボコしている。近くで見るとそのデコボコはどうやら豆粒の集りのようで、味噌を固めたようにも見える。さらに近くによってみると、その臭いについても感じ取れた。混沌とした熱帯市場の臭気に負けないくらい強烈な臭い、日本の納豆に似た臭いであった。味噌を固めたような姿で、納豆臭のする謎の球体は「ダウダウ」(注3)または「ソマラ」と呼ばれる発酵食品で、西アフリカ特有の調味料なのだそうだ。現地ではスープの味付けに使うとのことで、その利用法からみると「味噌」といえるだろう。はたしてこのダウダウは「納豆」というべきなのだろうか「味噌」というべきなのだろうか?

パルキアの莢の中、種子は黄色い粉に包まれている(ブルキナファソ、レオ村に
左:パルキアの莢、中:パルキアの種子、右:ダウダウ(ブルキナファソ、レオ村
 数日後、調査団一行は隣国ブルキナファソの農村、レオ村を訪れた。この村で農業技術指導のプログラムが行われているので、その実施状況を視察するのが主目的だった。主目的の視察が終わった後、村内の大きな樹の下の涼しげな木陰で、村人が自分たちでつくった農産加工品をいくつか紹介してくれた。そのなかの一つにコートジボアールの市場で見たのと同じダウダウがあった。ダウダウは主にマメ科の樹木パルキア(アフリカイナゴマメ、別名ヒロハフサマメノキ)の種子(すなわち豆)を原料にするとのことである。我々が村人から説明を受けているその木陰も、実はパルキアの樹の木陰であった。パルキアの莢を割ると中から黄色い粉に包まれた豆が出てくる。(ちなみにこの黄色い粉を試食してみたが、ほんのりと甘かった。現地ではよく食べられているとのこと。)その豆は固くてとてもそのまま食べられそうにもない代物だったが、この豆を長時間よく煮て柔らかくしてから球状にまとめて発酵させたものがダウダウなのだそうだ。

 納豆を「豆を無塩発酵させた食品」、味噌を「豆を加塩発酵させた食品」と定義づけるとすると、このダウダウも加工時の塩の有無で納豆か味噌かに分類できることになる。村人に教えてもらった前述の製造方法では塩を入れるという工程は出てこなかった。通訳を二人介して(現地語→仏語→英語)のやりとりだったために聞き漏らしたのかもしれないが、塩のことなんて言ってなかったと思う。と、いうことは、ダウダウは「味噌」ではなく「納豆」とした方が適当なんだろうか?こんなことならダウダウを囓るか舐めるかして塩辛いかどうかを確認しておけば良かったと、後で後悔した。

 帰国後、数年経ったある日、吉田よし子氏著の「マメな豆の話(平凡社新書)」という本を読んでいたら、ダウダウの話が載っていた。この本によるとダウダウはやはり無塩発酵で作るのだそうだ。ということは、結局、ダウダウは納豆であったのだ。それも日本の納豆と同じ枯草菌の一種による発酵とのこと。コートジボアールの市場で嗅いだダウダウの臭いが日本の納豆と似ていた訳がわかった。長年の疑問が解決してすっきりしたが、それと同時にアフリカン納豆の味に対する興味が再沸騰してきた。やはりあのとき囓るか舐めるかしておけば良かった。

注1:途上国を対象とした実情調査(1998年、日本財団が組織・派遣)
注2:松島2001コートジボアールにおける食用農産物の市場事情.熱帯農業45:64-74
注3:現地の人々はダマダマと発音してたように聞こえただが、ダウダウもしくはダワダワというのが正しいらしい。本稿ではダウダウと表記することとする。


 食の科学(2003年3月号)掲載分

 Carlosの喰いしごき調査委員会